シモン(SIMOND)
初代(the 1st.);Adolphe Simond
         François Simond (1867〜1946)
2代(the 2nd.);Claudius Simond (1905〜1984)

 シャモニー・モンブラン(Chamonix Mont-Blanc)はモンブラン山群の登山基地として古くから有名な町であった。特にイギリスの中産階級が夏になると大挙して押しかけ、シャモニーの町は活況を呈した。
 シモン家(Simond)はシャモニーの中心街から南に2kmのボゾン地区(Les Bossons)に居を構える鍛冶屋であった。代々農機具やカウベルを作って生計を立てていたが少しずつ山道具の製作も行うようになっていった。彼らは主としてイギリスから来る登山者のために道具を作ったが彼ら自身も水晶採りとして山に入ることもあったのでどんな道具が山で必要であるかを承知していた。
 彼らシモン家の最初のピッケル作りは1860年頃始まったとされる。その頃のピッケルには銘がなかったが、アドルフ(Adolphe、生没年不明)とフランソワ(François)兄弟の代になってヘッドに銘を打つようになった。しかしアドルフはあまり長い間ピッケル作りには関わっていなかったようで早めに弟のフランソワに任せてしまったようだ。そしてアドルフはカウベル作りに専念したらしい。
 2代目はクロディウス(Claudius)で、第2次大戦後は永らく彼の銘が打たれた。クロディウスの後はロジャー(Ludger)が継いだが1975年頃からピッケルはメタルシャフトの量産型に移っていったので鍛造手作りの鍛冶屋の形態はなさなくなっていった。またシモンはピッケルやアイゼンの他にカラビナやピトンなど登攀具全般を扱うメーカーに変身していった。
 現在ロジャーはシモンの経営から引退し、シモン家とメーカーであるシモンとの関係は途切れたが、名門シモンの名は健在である。


  
シャモニーの町



Left; François Simond    Right; Adolphe Simond


Left; Claudius Simond    Right; Sir Edmund Hillary


雑誌「山と渓谷」1971(昭和46)年5月号掲載のシモンの広告。ピッケルではスーパーD/E、スペシャルD/E、シャモアNo.2(シャモニーN2は誤植であろう)が掲載されている。



初代アドルフ作
 初代アドルフ・シモン作である。1900年代始めに作られた物と考えられる。ヘッド長29.2cm、全長110cm、重量1080gであり頭抜き構造になっている。ヘッド先端が上を向いているが初めからこのような形状だったのかそれとも使用者が無理な力を掛けて曲げてしまったかは定かでない(無理して曲げた形跡はない)。シャフトは円形に近く、石突きのハーネスは完全に円形に仕上がっている。銘のFRESとは Fréres(兄弟)を意味し、弟のフランソワも一緒にピッケルを作っていたことを表している。またCHAMONIXの前のAは英語のatと同じである。















イーグル1 (Eagle No.1) [群馬県榛名町在住、佐々木直氏所蔵]
 イーグルはピッケルを掴んだ鷲のマークを刻印した物であり、炭素鋼を材料にしたモデルであると伝わっている。下の写真は初代フランソワ・シモン作であり、晩年の1940年代に作られた物と思われる。ヘッド長30.0cm、全長88cm、重量1030gである。石突きのハーネスは古典的な寸胴である。
 ピックには、1、FRANÇOIS SIMOND&FILS、CHAMONIX-MONT-BLANCと打たれている。FILSとは息子の意であり、2代目クロディウスも一緒に作っていたことを示している。イーグルにはヘッド長の長い順にNo.1、2及び3があった。











イーグル2 (Eagle No.2) [埼玉県さいたま市在住、新藤明秀氏寄贈]
 これは2代目クロディウス作のイーグル2である。1950年代から1960年代に作られた物と思われる。ヘッド長はNo.1に比べて小振りな27.0cmであり、全長84.5cm、重量840gである。
 ヘッド形状はフランソワ作のNo.1と殆ど変わりがないがハーネスが時代の変化によりテーパの掛かった物に変わっている。








        ↑No.1    ↓No.2





イーグル3 (Eagle No.3) [東京都在住、N氏所蔵]
 炭素鋼を材料にしたモデルで初代フランソワ・シモン作である。1930年代から1940年代に作られた物と思われる。ヘッド長は極めて短い25.0cmである。
 ヘッドに打たれたイーグルのマークは前2本とは違う物が打たれている。こちらの方が古い刻印であったと考えられる。













シャモア2 (Chamois No.2)、その1[静岡県沼津市・渡辺智氏寄贈]
 イーグルが炭素鋼であったのに対してシャモア(chamois、アルプスに生息するカモシカの一種)の銘は特殊鋼を材料とするピッケルに打たれている。どちらも同じヘッド形状であり、ヘッド長によってNo.1、No.2、No.3があった。イーグル同様このモデルも初代フランソワ(François Simond)の銘を刻んだ物があり、製作年数の長いモデルであった。
 下の物は1960年代前半に製作された物であり、ヘッド長27.0cm、全長79cm、重量800gである。軽量・コンパクトであり、無駄のないデザインである。










イーグル2との比較
↑イーグル2    ↓シャモア2



シャモア2 (Chamois No.2)、その2
 これは後述のスペシャルC2というモデルと同じ「つなぎ構造」をしたシャモア2である。ヘッド形状は上述のシャモア2(その1)とほぼ同じなのでこれも1960年代製作の物であろう。ヘッド長27.0cm、全長91cm、重量1050gである。











シャモア2(Chamois No.2)、その3
 古典的なヘッド形状を維持していたシャモア2も最終モデル辺りになると時代の流れに従ってピック先端が広くなった。下の写真の物は1960年代後半から70年代前半に製作された物であろう。ヘッド27.0cm、全長78cm、重量800g。




上から「その1」、「その2」、「その3」






左から「その1」、「その2」、「その3」


スペシャルDとの比較
↑スペシャルD     ↓No.2


シャルレNo.2との比較
↑シャルレNo.2     ↓シモンNo.2





モデルG.H.M.(Model G.H.M.)
 初代フランソワ・シモン(François Simond)作のモデルG.H.M.であり、1930年代から1940年代に製造された物と思われる。
 ヘッド長32.3cmと大振り(全長86cm)であり、ブレード下部側肉を削ぎ落としていない古典的ヘッド形状になっている。石突きはハーネス上部が太くなった特異な形状をしている。ヘッド長が長いことと石突きのこの形状のため重量は1110gもある。石突きについては碓井徳蔵著「登山用具入門」(参考文献1-2)に「下部にふくらみが持たせてあり、握りやすくしてある」と出ている。また同書には「モデルGHMは大柄で豪快で、(中略)ヒマラヤ、アンデス、コーカサスなど、5000メートル以上の高々度用として設計されたものらしい」とも記してある。
 モデル名のG.H.M.とはGroupe de Haute Montagne(英語ではGroup of High Mountain)の略である。これは1919年創立のシャモニを本拠地とする山岳会の名称である。
 ピック背面にはMADE IN FRANCE Modele G.H.M. 3389と打たれている。3389はこのモデルの製造番号であると思われる。













スペシャルA(Special A) [群馬県榛名町在住、佐々木直氏所蔵]
 シモン・スペシャルにはA,B,C,D,Eのモデルがあった。ロジャー・シモン氏の言によれば「スペシャルはそれまでの定番的なイーグルとシャモアに対してより高度な登山に用いるための『特別』なモデルという意味を持たせた」とのこと。
 下の写真のスペシャルAは初代フランソワ・シモン作で、32.8cmの大振りなヘッドを持っている(全長89cm、重量990g)。そしてこのヘッドはブレードに対してピックが長い特徴ある形状をしている。ブレードはワインカップ型である。
 スペシャルAと後述のスペシャルBとの違いはヘッドの形状や長さなどほとんどないと言える。ただしスペシャルAのピック背面には地元の登山家(ガイドか?)の名前が刻まれていてスペシャルBの背面にはMADE IN FRANCEと刻まれていることからAは地元消費用でBは輸出用、あるいAは注文生産品でBは見越し生産品という区分けがあったのかも知れない。










  ↑Special B   ↓Special A


    Special A       Special B




スペシャルB(Special B)
 スペシャルBもスペシャルAと同様に大振りのヘッドであった(ヘッド長32.6cm、全長86cm、重量930g)。ブレードはワインカップ型であり、シャルレのCHAMONIX No.1とも酷似している。
 ピックの平面性が悪いため銘の一部にはっきりしないところがあるが初代フランソワ・シモン作である。










↑Charlet Chamonix No.1 ↓Simond Special B


Simond Special B   Charlet Chamonix No.1



スペシャルC2(Special C2) [群馬県榛名町・佐々木直氏所蔵]
 「つなぎのシモン」と呼ばれたユニークな構造のピッケルである。シャフトの中央を切断してアルミの金具で補強してある。通常は連結して使い、岩場に差し掛かったら分解すればザックにしまえて登攀の邪魔にならないという訳である。
 これは2代目クロディウスの作で1960年代製造の物と思われる。ヘッド長30.0cm、全長86cm、重量960gである。つなぎ部分にも銘が打ってあり、CL. SIMOND、Simond Secury、BREVETE S.G.D.G.とある。
 なお、つなぎ構造はこのスペシャルC2の他にスペシャルC3というモデルにも見られ、上述のシャモア2、さらにはスペシャルDにもあった。したがって当時は依頼すれば何種類かのモデルでつなぎ構造にしてもらえたようである。
















スペシャルD(Special D)
 1960年代製造の物と思われる。ヘッド長30.0cmで穴なし、ブレードはフラットで古典的な雰囲気を残している。初代フランソワ(François Simond)の銘を刻んだスペシャルDもあったので製作年数の長いモデルであったようだ。
 1960(昭和35)年発行の「登山用具入門」(参考文献1-2)によると当時日本に輸入されていたスペシャル・シリーズにはDの他にC3とEのモデルがあったことが記されている。C3は上掲のC2と同様にシャフトを途中で繋ぐ形状であり、Eは小振りモデルだった。CとDはヘッドの長さ、形状共に殆ど同じであるので繋ぎ構造のモデルをC、通常の形状のモデルをDとしたと考えられる。またD、Eというモデル分けはその後のスーパーD/Eに引き継がれたと考えられる。










↑;Special D    ↓;Special C2



EC [群馬県榛名町・佐々木直氏所蔵]
 2代目クロディウス作のECというモデルである。ヘッド長31.0cm、全長75cm、重量1020gである。フィンガは143mmで3点留めになっている。ブレードはワインカップ型でフラット。ピック下に6段の刻みが入っている。











スーパーD初期モデル(Super D, 1st.model)
 スーパーDは戦後のシモンの代表モデルであり、シャルレのモンブラン・モデルと共に戦後の双璧をなした。
 血流し(刀剣の両側に掘られた溝)を思わせるピック両面の削り取りは斬新なデザインであり、軽量化への効果もあって当時の日本の量産メーカーもこぞってこのデザインを取り入れた(トップのダイナミックスノーマン、エバニューのグレッチャー及びローチェ、等)。
 スーパーD(及びスーパーE)には現在分かっている範囲では、全部で5種類のバリエーションがあったと考えられる。ここでは便宜上、初期型、前期型、前中期型、中期型、後期型と呼ぶことにする。
 下の写真の物は初期型であり1950年代に作られた物と思われる。日本には1955(昭和30)年に紹介された。ヘッド長は30.0cmで、ピックは後年のモデルに比べて直線的でなおかつ先端が鋭い。またカラビナホールがシャフトの中心軸上に空いておらず、ブレード側に寄った位置に空いている。また穴径も比較的小さい。これは当時シモンが発売していた細身のカラビナに合わせたためであり、後のモデルでは一般的なカラビナに合わせて径を大きくした。このためシャフト中央に穴がくるようになった。







スーパーD前期モデル(Super D, 2nd.model)
 スーパーDの前期モデルであり、1960年代に作られた物と思われる。ヘッド長は30.5cmでカラビナホールがシャフトの中心軸上に大きく空けられるようになった。ピックの形状は初期型と同じストレート型であるがブレードの湾曲が初期型よりも深くなった。





←初期モデル   →前期モデル

↑初期モデル   ↓前期モデル


↑初期モデル   ↓前期モデル


スーパーD前中期モデル(Super D, 3rd.model) [埼玉県玉川村・根来大作氏所蔵]
 スーパーD前中期型は1960年代後半に製作されたと思われる。前期型に比べてピックが少し下がり気味になっている。ピック先端の幅も初期・前期型が6mmであったのに対して8mmとやや幅広になっている。ピック先端下のキザミも深くなっている。ピックが下がったのでヘッド長も29.8cmとやや短く計測される。






↑前期モデル   ↓前中期モデル


↑前期モデル   ↓前中期モデル

スーパーD中期モデル(Super D, 4th.model) [鹿児島県屋久町・榊原浩平氏所蔵]
 スーパーD中期型は1970年代に製作されたと思われる。このモデルは大きな変化があった。まずピック先端は12mmと前中期型よりもさらに幅広になり、ブレードは前中期型よりも6mm短くなった。これらによってヘッド長は28.5cmとそれまでよりも1.5cm短くなった。ピック先端下のキザミはさらに深くなっている。シャフトはこのモデルから少し太くなっている。シャフトにロゴマークを付けるのはメタルシャフトを意識したためであろうか他のメーカも含めてこの頃から一般的になった。


←前中期モデル   →中期モデル






↑前中期モデル   ↓中期モデル


↑前中期モデル   ↓中期モデル


スーパーD後期モデル(Super D, 5th.model)
 スーパーD後期型は1970年代後半に製作されたと思われる。ヘッド長28.0cm。ピックのカーブはさらに深くなり氷壁で使うことを主な目的としたピッケルになった。






↑中期モデル   ↓後期モデル


↑中期モデル   ↓後期モデル


5種類のスーパーDの比較(左から初期型、前期、前中期型、中期型、後期型)



スーパーE前中期モデル (Super E, 3rd.model) [静岡県三島市・西島光教氏所蔵]
 スーパーEは、スーパーDに対してヘッド長が短く、一応女性用モデルとされていたが「西欧人に比べて小柄な日本人にはスーパーDよりもスーパーEの方が適している」という意見もあり、男性でもスーパーEを愛用する登山者は少なくなかった。
 スーパーEもスーパーDと同じように形が変化していったと考えられる。下のモデルはヘッド長は27.5cmで、中期モデルに比べてヘッドが直線的であり、ピック先端下部の刻みも浅いので前期と中期の間のモデルと考えられる。1960年代から1970年代の製造と考えられる。









スーパーE中期モデル (Super E, 4th.model) [静岡県沼津市・渡辺智氏所蔵]
 1970年代に製作されたと思われる。ヘッド長26.5cm。スーパーDの中期型と同様にピックのカーブが深くなり、ピック先端も広くなった。ピック先端下側の刻みも深く加工されている。








スーパーE後期モデル (Super E, 5th.model)
両手にピッケルとアイスハンマーを持ち12本爪アイゼンで氷壁を駆け登るピオレトラクションに使えるように後期モデルではピックのカーブが急になった。ヘッド長26.0cm。
スーパーD・Eのヘッド長の違い。上がスーパーE、下がスーパーD。共に後期モデル
スーパーE中期・後期モデルのピックの違い。左が中期モデル、右が後期モデル



スペシャルMK2(Special MK2) [大阪府寝屋川市、鎌田正夫氏所蔵]
 1973年頃に製造された物で、ヘッド長27.7cm。ブレードはフラット。シモンのウッド・シャフトのピッケルとしては最後の頃のモデルと思われる。モデル名のMK2には特に意味はないようだ。









上がSpecial MK2、下がSpecial Dの刻印



スーパーPB(Super PB) [兵庫県神戸市、佐藤純司氏所蔵]
 これもウッド・シャフトの最後の頃のモデル。1970年代に製造された物で、ヘッド長26.8cm。ヘッド上部の段差は、ここをハンマーで打ってピックを雪や氷に打ち込むためのもの。モデル名のPBとはPiolet Brocheのことであり、PioletはピッケルをBrocheはピトンを意味する。