作者(管理人)自己紹介 (Self-introduction)

              
1.名前     suwabeです。
2.生まれ    1954(昭和29)年8月です。
3.住まい    静岡県東部の市です。
4.職業     会社員(技術屋)です。
5.所属団体  日本山岳会、日本山岳文化学会、グループ「稜線の風」、(沼津岳樺同志会OB)

6.登山経験 
 私は愛鷹(あしたか)連峰南麓に生まれ育ちました。地元の愛鷹山や富士山は中学生の頃に登りました。高1の夏に白馬3山縦走をしたのが本格的登山の始まりです。その後学生時代は学友達と一緒に登り、卒業後は社会人山岳会に入って登山を続けました。当時は岩登りと雪山に憧れ、無雪期はバットレス、奥又、滝谷、剣などに入りました。積雪期は南アルプスを中心に富士山、八ヶ岳、北アなどに登りました。先鋭的な登山をしていた訳ではないので初登攀等の記録はありません。最も印象に残っているのは5月連休に北鎌尾根から西穂まで歩いた山行です。転勤や結婚で本格的な登山からは遠ざかってしまいましたが夏は若い頃登り残した山域の稜線歩き、冬はゲレンデ・スキーを楽しんでいます。また最近は残雪期の登山を再開して古いピッケルを活躍させています。
 
7.このサイトを開いた経緯
 私が若い頃はピッケルが木製シャフトからメタル・シャフトに替わる頃でした。その頃でも既に木製シャフト穴なしピッケルは珍しく、先輩達が持っているそんな古典的ピッケルに憧れていました。私自身のピッケルは、現役時代に使っていた2本とグリンデルワルトで3代目に注文して作ってもらった未使用のベントがあるだけでした。その後知人から譲り受けたり、オークションで手に入れたりして何本かが集まりました。そこでインターネット上で古典ピッケルについての情報を得ようと検索してみたのですが世界中どこにもそのようなサイトがないことが分かりました。山麓の鍛冶屋が1本づつ手作りした木製シャフト鍛造ピッケルは、既に殆どが生産されていません。今の内にまとめておかないと訳が分からなくなる、と思いました。そこで不遜にも私自身がそんなサイトを作ろうと思い至ったのです。しかし大した山歴もなく、登山道具の変遷にも疎く、まして金属材料や加工の専門家でもない私にどこまで出来るか不安でした。そんな状態で開設したこのサイトです。少しずつコレクションを増やしながら、そして情報を集めながらじっくり完成して行きたいと思います。アイゼンとストーブも同時に収集と調査を行っています。これらも少しずつ充実して行くつもりです。
 
           


後立山連峰唐松岳付近にて(2006年5月撮影)。
手にしたピッケルは1930年頃の2代目ベント作