門田(KADOTA)

 門田はピッケル作りよりも1年早く、鍛造によるアイゼン作りを始めた。1929年(昭和4年)12月のことであった。
 ピッケルと同様にアイゼンにも材料の安価な炭素鋼を用いた物と、材料は高いが低温での強さと軽量化で勝る特殊鋼(ニッケル・クロム・モリブテン鋼)の物とがあった。
 銘の刻印は接雪面(爪側)に−S.KADOTA−と打たれている。これは1937〜1939年(昭和12〜14年)頃、門田親子(直馬・茂)作ではないKADOTA銘のアイゼンが出回ったことによる。それと区別するため銘にS.を付けた。Sは札幌のSであり、茂のSでもあった。
 戦前はピッケルと同様にアイゼンも1940年(昭和15年)に禁製品となった。戦後は1948年(昭和23年)から製造を再開した。
炭素鋼、8本爪、サイズ2。1960年頃(昭和30年代半ば)製造の物。非常に丁寧な作りであることが良く分かる。










特殊鋼、8本爪。炭素鋼に比べて細くできるので軽量に作られている。









炭素鋼品と特殊鋼品との比較(左が炭素鋼、右が特殊鋼)