ピッケルのできるまで (How to make ice axes)

ヘッドの鍛造作業(門田の工場にて) [山と渓谷社発行「山と渓谷」1973年12月号より]


 ピッケルの製作は下記のような手順で行われる。ここでは概要だけを述べるに留めるが、現在日本で唯一人(世界でも他にはスイスのウィリッシュのみか?)のピッケル鍛冶、二村善市氏(リンク集参照)のホームページに詳しい工程が出ているのでそちらを参考にされたい。
  野鍛冶一代のピッケルの項
  鍛造の工程写真

1.材料切断
材料
 ピッケルの材料には炭素鋼と特殊鋼がある。鋼(こう・はがね)とは炭素を含んだ鉄の総称であり、人類が数千年に渡って利用してきた鉄は鋼のことである。
 鉄は鉄鉱石を溶鉱炉で溶かして作る。この鉄には炭素や他の不純物が多く含まれるのでさらに精錬し炭素量を調整する。炭素量が0.035〜2%の鉄を炭素鋼と呼ぶ。炭素鋼にニッケル、クロム、モリブデン、タングステンなどを意図的に加えた鉄を特殊鋼と呼ぶ。
 炭素鋼は含有する炭素の割合によって性質が変わる。炭素を多くすると引張強さ、歪みに対する強さ及び硬さは増大する反面、伸びや衝撃値は低下し、いわゆる脆(もろ)くなる。また炭素鋼は特殊鋼に比べて低温で脆くなる性質、低温脆性がある。ただし他の元素を加えないので原材料の価格は安い。
 これに対して特殊鋼は炭素鋼の欠点を克服した材料であり次のような種類がある。
・ニッケル・クロム鋼;炭素鋼の欠点である脆さが改善される
・ニッケル・クロム・モリブデン鋼;ニッケル・クロム鋼の性質がさらに改善される
・クロム・モリブデン鋼;ニッケル・クロム鋼と同等の性質が高価なニッケルを使わずに得られる。

 なお炭素鋼には脆いという性質があるが、かといってこれを材料にしたピッケルやアイゼンが使い物にならないという訳ではない。炭素鋼の持つ欠点も焼入れ・焼戻しなどの熱処理によって改善されるので通常の冬山で使う程度では充分な強度を保つことができる。
2.鍛造
 (1)フィンガ部の分離
 (2)櫃(ひつ)部作成
 (3)ピック部叩き出し
 (4)ブレード部叩き出し
 (5)焼き鈍(なま)し
鍛造
 金属を適当な温度に加熱して望みの形に成形すると同時に材料の組織や機械的性質を改善する作業を鍛造という。加熱温度は炭素鋼の場合、800〜1200℃程度である。鍛造品は組織や機械的性質に信頼性がある反面、できた製品がかなり高価になる。また複雑な形状や大きな物は作りにくい。

櫃(ひつ)
 正しく作られたピッケルのシャフトは、ヘッドの中にまで食い込んでいる。このシャフトが入る部分を櫃と呼ぶ。櫃とシャフトの接合具合はピッケルの切れ味に影響を与え、しっかり接合されているピッケルほど切れ味が良いとされる。

焼き鈍(なま)し
 鍛造の過程で発生する材料の歪(ひずみ)を除くために、できた製品を高温に加熱した後、炉中、わら灰中、空気中などで徐々に冷却する工程。

3.表面仕上げ
表面仕上げ
 グラインダなどで粗く仕上げてから手作業によるヤスリ掛けで表面を仕上げる。
4.熱処理
 (1)焼き入れ
 (2)焼き戻し
焼き入れ
 金属を硬くする目的で、高温に加熱してから急冷する操作をいう。製品全部が均一な温度になるようにゆっくり加熱し、水や油などの冷却液の中に入れる。

焼き戻し
 焼き入れ後、金属に粘り強さを与えるために適当な温度に加熱し、油中または空気中で冷却する操作をいう。硬さは少し減少するが粘り強さは増大する。

5.組立
組立
 ヘッド、シャフト、石突きを合体する工程。この工程での精度もピッケルの性能に影響を与える。
6.銘入れ
銘入れ
 多くのピッケルは刻印を使ってヘッドの表面に打刻している。日本の山内や二村はフィンガ部に、刀鍛冶のように鏨(たがね)を使って一画ずつ銘を刻んでいる


ピッケル素材の鋼種と化学組成(単位は%) [日本山岳会発行「山岳」第62年より]
炭素鋼 ニッケル・クロム鋼 ニッケル・クロム・モリブデン鋼 クロム・モリブデン鋼
炭素 0.35〜0.45 0.35〜0.4 0.44〜0.50 0.47〜0.50
シリコン 0.15〜0.40 0.15〜0.35 0.15〜0.35 0.15〜0.35
マンガン 0.40〜0.85 0.50〜0.80 0.60〜0.90 0.60〜0.90
リン 0.035以下 0.035以下 0.030以下 0.030以下
硫黄 0.040以下 0.035以下 0.030以下 0.035以下
0.035以下 0.035以下 0.035以下 0.035以下
ニッケル 2.50〜3.0 1.6〜2.00
クロム 0.55〜0.95 0.60〜1.00 1.0
モリブデン 0.15〜0.30 0.2